主日礼拝|今週のみことば

  聖霊降臨節第6主日礼拝 説教(2026.6.28)

「神に呼ばれて」  使徒言行録 13章13節-25節

木村 拓己 牧師

 「神さま、一緒にいてください。」との祈りの多くは、主の慰めと守りが祈られていると思います。その人に神さまとの関係があるなしにかかわらず、その人のために祈るところから始まっています。神さまと共にある自分を認識できた時、「神さま、おはようございます」に始まり、うれしい時も悲しい時も、「神さま、一緒にいてください」との祈りへと変えられていくのかなと思うのです。
 ヨハネと別れたパウロとバルナバはアンティオキアに到着し、安息日にユダヤ教の会堂に入ります。すると会衆のために励ましの言葉を話すよう求められます。パウロの礼拝説教です。パウロはユダヤ民族の歴史を紐解きながら「神に呼ばれた者たち」について語ります。多くのユダヤ人が信仰に入った一方で、一部のユダヤ人はパウロを迫害するよう煽りました。今や神の救いは異邦人に届けられると宣言し、パウロは異邦人伝道へ赴くこととなります。まさに13章はパウロの宣教において大きな分岐点でした。
 パウロにとってその生き方とは異邦人伝道でした。冒頭で逃げ帰ったヨハネにも注目したいと思います。「マルコと呼ばれていたヨハネ」という呼び方が使徒言行録に何度も出てきます。この時はエルサレムへ逃げ帰り、第二回宣教旅行の時もパウロに否定されました。しかしパウロがローマで牢獄に繋がれた時、パウロはヨハネを名指しで彼が必要だと呼びかけたのでした。そしてこのマルコと呼ばれたヨハネが書き記したとされる書こそが、マルコによる福音書だと伝えられるのです。
 一度は散らされて逃げた者が、共に働くことができなかった者が、再び神に呼ばれていく物語がここにあります。イエスが十字架にかかり復活された時も同じです。聖霊が降臨した時も同じです。マルコと呼ばれたヨハネも、かつてキリスト者を迫害したパウロもそうした道を歩んできました。否定的に見えた出来事も歴史も、そのままで終わらず、神の呼びかけによって新たな展開が広がっていく。神の呼びかけによってその人に固有の召命が与えられていく道を思います。
 私たちの周りにも、順調に神さまと歩む人があれば、躓く人もあるでしょう。健康な人があれば、病や痛みを背負う者、悩みや嘆きを抱える人があるでしょう。疑いなく信じる人があれば、考えれば考えるほど、神さまの迷路にはまってしまって、どこで道を間違えたかもわからなくなる。神さまの呼ぶ声は聞こえるのに、そこに辿り着けないような経験をする人があるでしょう。
 再び神さまは呼びかけてくださり、聖霊に導かれて歩む時が来ることを待ち望みたいと思います。今日お読みした聖書の主語は大半が神です。神が歴史を導き、私たちに呼びかけ、導く主がここには示されています。苦境にあっても、散らされても、病を得ても、なおその人を包む主の呼びかけは今日も響いています。こうして「神は我々と共におられる」との告白が整えられていくのではないでしょうか。
 今日のパウロの説教により、ユダヤ人たちによるキリスト者の迫害が起こっていきます。しかし新たにアンティオキア教会が生まれたことも聖書は記します。宣教がたゆまず前進してきた歴史を心に留め、一人また一人が集まって形作られた原宿教会の創立記念礼拝を次週迎えたいと思います。