新教会堂の前にあるさまざまな道 「強制された恵み」と言えば神さまに叱られるかもしれないが、赴任した教会の全てで「会堂建築」に取り組むことになろうとは、神学校をおえ、初任地に赴く時には夢にも思わなかった。それも教会だけでなく、付属の保育園や幼稚園の建築まであるとは。
もっとも赴任の先々と言っても、いくつもの教会を歴任したわけではない。三教会に過ぎない。それも最初の教会では伝道師という補助者なので、主任牧師や役員会の苦労をともに担いつつも重い責任は無かった。
ところが、主任牧師として着任した教会では当然そうはいかない。教会の「中身」のコンセプトの確認、建築構想の段階から具体化、資金計画、着工、施工、完成と、それぞれの段階でいろいろな問題が発生してくる。解決に腐心するのは牧師だけではない。役員会、建築委員会等で協議を重ねるのだが、必ずしも一致するとは限らない。メンバーが忍耐と相互理解をもって祈りつつ方向を見つけていく。時には激しい議論が飛び交うこともある。結論に導かれた時に喜びは大きい。
建築に伴い、工事だけではなく教会そのもののありかたが問われることもしばしばある。「決断」が求められる。第二の任地には保育園が併設されていた。老巧化のため、移転建築、数年後に増築と二度の建築に携わった。そこで設置経営主体の変更、すなわち宗教法人(教会)から社会福祉法人設立が課題となった。財産の帰属や教会との関係が希薄になるのではとの危惧もあったが、園児や職員の処遇と将来を考えて法人化に踏み切った。
会堂建築にも大きな問題が生じた。教会敷地を道路拡張の代替用地に購入したいという市の申し入れである。移転補償も含めた資金で他所に新会堂を建てようとの意見も多く、役員会でも議論を尽くし、採決すると賛否同数、議長(牧師)の一票で移転せずと決まった。責任が問われる一票である。その後、教会も保育園も順調に発展しているのを見れば、その決断は神に「よし」とされるだろう。
三番目の任地は原宿教会である。ここでも決定を迫られた幾つかの事柄を思い起こすが、今は幼稚園舍建築のことだけを記そう。旧園舍は戦後間もなく建てられた木造で、床に置いたボールが自然に転がるといった痛みの激しいものであった。新築が緊急の課題である。ところが当時、少子化もあり園児が激減していた。一クラス数名という状態である。幼稚園の存続が危ぶまれるのに新築して、将来的な見とおしはどうかとの疑問もあった。しかし「神のミッション」は教会の使命であると建築に踏み切った。積み立てた教会建築資金を幼稚園舍に用いるのに異論もあったが、「第一次会堂建築」として一致して取り組んだ。これが今日の「献堂(第二次建築)に繋がっているのを思い、また現在の園児の増加を見るとき、神のみ業を覚えるものである。
教会だけなく私たちの歩みも、その道程には「さまざまな道」(エレミヤ六章)がある。その都度どの道に進むか選び決断しなければならない。その過程でどのような教会を目指すのか、どのような生き方をするのかが問われていく。「あなたがたはわかれ道にたって、よく見、よい道がどれかを尋ねて、その道に歩み」(口語訳)と主は言われる。新会堂を献堂した私たちの前に示されている「さまざまな道」のどれに歩を踏み出そうとしているのか。
これからが正念場である。主を信じ祈りつつ、しかも自由意志を与えられたものとしての決断が求められている。教会が進む「よい道」に祝福あれ。

献堂への道を振り返ると・・・岡本 紘
Soli Deo Gloria (一つの神を褒めたたえよ!)献堂を心からお祝いいたします。
二〜三年のつもりの名古屋暮らしが二十年を超えてしまいました。ようやく帰ってきた時にはびっくりしたことがあります。もう完全に世代交代が終わっていると思っていた役員のほとんどが「昔ながらの」面々だったのです。
すっかり「よそ者」の筈が「昔のよしみ」からの「引き「で建築委員会のメンバー、選挙の洗礼を受けないで役員会のオブザーバーとなって会堂建築をお手伝いすることになってしまいました。どこまで進んでいるのかという興味はもっていましたが、情報が流れてこないのです。本当にどこまで進んでいるのかな?
多分、新会堂を待ち望んでいる多くの皆様が、同じ思い、臍を噛む思いというと少し違いますが。「生きているうちに新会堂を献堂したい」という、多くの多くの皆様の、思いと声が聞こえた様に、その時に感じたのです。
二十有余年の不在の間に、教会が大きく変化していた事と、幾多の試練を乗り越えてより強くなっていることが感じられたのもその頃です。
勿論、その後の総会で役員に推挙されましたが、就任式が行われないままに、昔の就任式が生きているからまあいいか?と、勝手に納得したものでした。
多くの教会で起こる問題の一つに、定年後の活動の場を求め、企業経営の論理を教会経営に持ち込む事だといわれます。勿論、未だ現役ではありますが、「決して企業経営の論理は持ち込まない。もしその必要があれば、協会経営の「新しい経営技術」として発想し、開発提案する事ではないか?と言うことがコンサルティングを生業としている自分自身に課した、テーマであり、自己規制でした。
実は、この時期は個人的には大きな危機に直面していました。この双方を乗り切るためには大きなエネルギーと精神力を必要といたしました。そのためには祈ることしか術がなかったことも事実でした。
教会の大きな変化の代表は、教会内だけでのことではありますが、「モア・デモクラシー」の定着です。
八十年代から「21世紀はモア・デモクラシーとホスピタリティーが社会現象となり、一般化する」と提唱していた立場からは、一般の社会よりも一歩も二歩の先んじていると言う印象を強く持ったものです。「我が意を得たり」と強く感じたのです。
ある新聞の「天声人語」に記されたラテン語 Vox Populi Vox Deiが、教会では具現化されているのです。
そこで新会堂の建築で提案したのが、「建築チェックリストの作成」を子どもから大人、お年寄りまで、教会の全員参加で行う事でした。過去の経験から喧々ガクガクの議論を通じてこそ、どのように激論を交わそうとも、論議を通じ、教会が一つにまとまることが出来ると言う確信がありました。しかし、祈りました。個人の力や思惑で出来ることではないからです。
更に、もう一つの提案は設計コンペティションでした。一般のコンペのような、専門家による審査委員ではなく教会員全員が審査委員となり、投票する手法の提案でした。
この提案を受け入れていただいたお陰で、チェックリストの作成とコンペの審査を通じて二度に亘った「教会全体のまとまり」を経験する事が出来たのです。祈りが通じたようでしたが。弊害も起こりました.自分の投票した作品が当選しなかったことへの不満が吹き出たのです。
しかし全員で投票した結果なのだから、建築が完成すれば、必ずもろ手を挙げて喜んで頂けるという確信が、祈る都度に高まって参りました。今思えば、随分傲慢だったかなとも思いますが、皆様の喜びと共に、今日2005年11月13日に献堂の日を迎え、感謝の祈りと共に、感謝の歌を歌って捧げたいと思います。
会堂は完成いたしました。しかし教会建築の本番はこれからなのです。斬新で、教会建築に新しい風を送り込む会堂ですが、宣教の大きな風、伝導の嵐、祈りのトルネードを巻き起こさなくてはなりません。そのために最も必要なもの、それは私達全員が、洗礼の時に受けた感動を、信仰の炎を再び大きく燃え上がらせることです。信仰の大きなエネルギーをたくわえることなのです。心の革命に向け、新たな聖霊の降臨を望まなくjてはならないのです。
皆様、共に祈りましょう。
そしてこれからの宣教に向け、詩編一一七を共に歌いましょう。
すべての国よ、主を賛美せよ。
すべての民を、主をほめたたえよ。
主の慈しみをまことはとこしえに
わたしたちを超えて力強い。
ハレルヤ
原宿教会堂の歴史とこれからの教会山田 義造
原宿教会100年の歴史、創立時の事情、その後の歴史、原宿という地域性、教会員の質、或いは過去に属した教派、さらに歴代の牧師の個性等さまざまな要因によって原宿教会の個性とも言うべきものがあるのでしょう、即ち教会はそれぞれの歴史を負って生きている共同体です。
今、ここに原宿教会堂の歴史を振りかえりながら、新会堂の果たすべき使命を見すえて、あやまりなく福音を述べ伝えられる教会でありたいと思います。
《教会誌より原宿教会の歴史を振りかえる》
以後会堂建築委員会、財務委員会が発足されました。
三角土地の売却については東京都設計事務所健保組合との交渉が順調にすすみ200坪を売買契約し、手付金も受領しました。
然しその直後から異論をとなえる人がでてきて遂に裁判沙汰にとなりました。
その為止む得ず都設計事務所健保組合に事情を説明し、違約金もなく解約を諒解されました。
その後おおよそ七年間の裁判となるのです。顧問弁護士、土橋牧師その間幾度打ち合わせと裁判所に出向かれた事か、そのご苦労、ご心労は察するに余あります。ようやく結審し、教会の所属である事が確認されて、ほっとしたのです。
その後、総会決議により会堂建築委員会の発足を見ました。それ以降については現教会員の皆様もご承知のように、設計者の選定、建築業者の選定まで役員会、又造営委員が建築の細部にわたって協議して完成し今日の献堂式となりました。
設計者決定の段階で様々な意見があり、役員として今の設計者に決定することに不賛成の人も多くありました。然し教会員の過半数の意見にもとづいてcrc のアンリ・ゲイダン氏の設計に決定したのです。
出来上がった白を基調としたモダーンな明るい教会の設計に驚かれる方も多いかも知れません。先般配布された土橋牧師の「教会ができた−新会堂が語りかけるもの−」をお読みください。
今日の新会堂に至まで様々な出来事がありました。時には空しく時が流れて行くような思いにかられた時もありました。然し時の流れの中には目に見えない神の御業が力強く展開されているのであり、原宿教会100年の歩みはその証であると思います。
変わり行く時代の中で、聖霊の導きにより、神ご自身のご意志を伺いつつ、神の今、生きて働き給う教会でありたいと思います。
会堂建設は一部の人々の指導で進められるものではない。教会員全員が参与してはじめて成しとげられたものでしょう。
只に人間の企てたとするものであるばかりでなく。そこに神の尊い御意志が働いていることを重ねて皆さんと共に確認しましょう。
(建築委員会前委員長)
輝いて礼拝を守ろう永友 高子
神はすばらしい礼拝堂を造られました。私たちが随分前から「新しい礼拝堂を・・・」と白ゆり会の例会のたびに祈り続け、そしていろいろと話し合ってきました。例えば、キッチンは手の届く場所に棚をつくり、配膳も中に入らずカウンターからお料理が受け取れるように、とか、仕事会は、小さくてもいい白ゆり会のお部屋で・・・等々、たくさんのことを話し合いを持ちました。
また、先輩諸姉は、「私たちの元気なうちに礼拝堂ができるかしら」と密かに心配していました。「大丈夫、元気なうちに必ず与えてくださるから・・・」と話し合ってもいました。祈祷会では、必ず新会堂のことを祈っておられたある姉妹の姿がとても印象的で、こちらが勇気づけられるほどです。そして、いよいよ本日「献堂式」を迎えることになりました。
さて、去る六日の礼拝説教で、「主を信じた人々」と題してみことばを学びました。アブラハムの話から、常に神の見ておられる前で生きることが信仰生活の根底なのだ、と感じました。キリストの十字架に輝く神の愛こそが、すべての人生を生かす命であることを、パウロは確信しています。
最近の白ゆり会は、若い二人の新入会員を迎えることとなり、活気づいています。早速CSや礼拝奏楽で奉仕をして下さっています。そしてまた、聖歌隊では女声のほとんどが白ゆり会の方々での奉仕です。神からそれぞれに与えられた「賜もの」を生かし、主に従いつつ、白ゆり会を含めて教会員全員がこの新しい礼拝堂で、「輝いて礼拝を守ること」が私たち信徒のつとめだと思っています。
(白ゆり会)
あたらしい教会上岡 磨奈
新しい会堂でのCSも始まって、だいぶ経ちました。礼拝時間も9時からに戻り、今まで幼稚園で礼拝をしていた頃はなかなか来られなかったという人の顔も見られるようになりました。
新しい教会にはまだ知らない部屋があったり、前の教会にはなかった不思議なものがあったりして、CS に来ているみんなはそれぞれ興味津々です。一つ一つばらばらになる会堂の椅子には、今までなかった教会バッグをかける取っ手や聖書と賛美歌を置く机がついています。一番前に座った人は、椅子の下のスペースにそれらを入れておくことができるので礼拝が始まる前に一生懸命バッグや上着をしまします。聖餐の杯を置くところには献金をするお金を入れておくのがお気に入りです。(本当はよくない?ですが・・・)礼拝の後には、エレベーターが気になりますが、階段で二階に上がり学年ごとに分かれて過ごします。礼拝堂に向かって窓があったり、部屋と部屋の間にも扉があったり、新しい部屋は面白いです。二階の部屋では靴を脱いで床に座ることができるので、礼拝の時とはまた違った気分でくつろぐことができます。
私自身がCSに来ていた時から、CSでも新しい教会についてのお話があり、何度もみんなでどんな教会がいいのか話し合って、文章にしたり、絵にしたりして、新しい教会のことを考えてきました。今こうしてそれば実現したことは本当に嬉しく、CSに来ているみんなにとって大きな経験となりました。しかしながらその会堂の中に子ども達だけで使うには注意が必要と思われる場所や、扉や窓などがあります。元気なCSのみんなはいろいろなことをしてこの教会で遊びたいと思っているので大人が思いつかないようなこと
も時にはしてしまいます。大人も子どもそれぞれが気をつけて過ごしていけるよう考えていきたいと思います。
先月CSの礼拝では、この会堂にどんな意味がこめられているのかというお話がありました。少し難しい部分もありましたが、この会堂で皆共に成長し、少しずつ理解していきたいです。
(CS)
幼稚園の園庭から小嶋 理恵
昨年の秋、幼稚園の庭に白いパネルの壁が出現しました、教会の建築が始まったのです。ブルドーザーが見えたり、クレーン車が現れたり、電柱のような杭が何本も空中を行き来したり・・・一体、向こう側では何が起こっているのだろうと、子どもたちと一緒に眺める日々でした。
うさぎのいる庭は、工事中少しでも遊び場を確保するために遊具を撤去しました。コンクリートの道を撤去した跡に、たくさんの砂がまかれました。従来の砂場が、工事のため一度壊されたので、ショベル持った子どもたちは、巨大な砂場と化したこの庭をひたすら掘り始めました。
やがて、空しか見えなかった壁の向こう側に、教会の姿が見え始めました。「教会ができてきたね」とパネルが取れる日を楽しみに待ちました。
先日年長組の子どもたちと、教会を見に行きました。礼拝堂に座った子どもたちに、「どんなかんじ?」と聞くと「いいかんじ!」という声が返ってきました。3階の部屋から、はじめて幼稚園を見下ろすという経験も、おもしろかったようです。
アドヴェントには、子どもたちと保護者の方たちと共に、新教会堂で礼拝を守ろうとしています。幼稚園園舍とは違う雰囲気の中で、子どもたちは新しい体験をすることでしょう。
約一年にわたり、工事中の生活に協力してくれた子ども達、保護者の方々、またCSの子ども達、関係者の方々に、心から感謝したいと思います。
(幼稚園)
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